バタフライ初のアリレート カーボン搭載ラケット『ビスカリア』が発売されてから、四半世紀が過ぎようとしている。ボールサイズの変更(2000年10月)、スピードグルー(弾む接着剤)の禁止(2008年9月)、ボール素材の変更(2014年8月)と、度重なる用具ルールの変更にもかかわらず、この四半世紀、トップ選手をはじめ、初級者から中上級者まで、レベルを問わず世界中の多くの選手が『アリレート カーボン』を搭載したラケットでプレーしている。そして、今なおそのユーザーは増え続けているというのだ。長年にわたり多くのユーザーに愛用されている理由はどこにあるのか? 株式会社タマス(バタフライ)でラケット製品の企画から商品化までに携わる研究開発チームの3人のメンバーに、『アリレート カーボン』の歴史と『アリレート カーボン』がなぜ時代を越えた定番商品になり得たのか、あらためてその真価を問うてみた。
特殊素材の起源はここにあった!バタフライが選んだ特殊素材『カーボン』と『アリレート』
日本卓球ルールは「第1章 基本ルール」の中で、ラケットについて次のように定めている。「ラケット本体の厚さの少なくとも85%は、天然の木でなければならない。ラケット本体内の接着層は、炭素繊維、ガラス繊維、あるいは圧着紙のような繊維材料によって補強することができる。ただしその圧着層の1つの厚さは、全体の厚さの7.5%または0.35mm(いずれか小さい方)以下でなければならない」かつて単板ラケットが主流の時代に、バタフライは多くの合板ラケットを生み出していた。そのバタフライが1970年代、さらなる高みを目指して掲げた目標は「打球に威力を出すこと」だった。そこで足を踏み入れたのが「木材以外の特殊素材を用いたラケット開発」という新たな領域だ。この挑戦は、1978年にバタフライ初の特殊素材搭載ラケット『TAMCA5000』シリーズの発売という形で結実する。このシリーズに搭載された『カーボン』は、当時まだメジャーな素材ではなかったが、威力のあるボールを打つために求められる「軽くて強くて高反発」という条件を満たしており、この特性に注目したバタフライは、「打球に威力を出す」ラケットに最も適した素材としてこれを採用した。しかし、発売当初はなかなかユーザーの支持が得られなかったという。木製ラケットの倍以上の価格と、今までにない『カーボン』独特の打球感と弾みが敬遠されたのだ。だが、その打球の威力、性能の高さから、トップ選手をはじめ、一般ユーザーにまで徐々に浸透していったこのシリーズは、のちに『ゲルゲリー』や『シュラガー』といった人気モデルに引き継がれることになる。
バタフライが次に目を付けた特殊素材『アリレート』が搭載されたラケット『キーショット』が発売されたのは1991年。初の『カーボン』搭載ラケットの発売から実に13年もの時を経ているが、この『アリレート』がバタフライの特殊素材ラケットの可能性をさらに押し広げる起爆剤となるのだ。
究極ともいえるバランス素材『アリレート カーボン』の誕生
ラケット開発の責任者・岩瀬祐介はこう語る。
「私の入社以前の話なのですが、『キーショット』発売時の資料を読むと、「『カーボン』だとボールが飛びすぎて回転をかけにくい。もうすこし弾みを抑えたラケットがほしい」という選手の声があったようです。そうした声は『TAMCA5000』シリーズの発売当初からあったのですが、そのようなニーズにマッチする素材がなかなか見つからず長らく苦労していました。
しかし、時代とともにあらゆる分野で多様な繊維素材のニーズが増えてきて、さまざまな特殊素材が出てくるようになりました。バタフライは、その中の1つ『アリレート』を採用しました。柔らかく、しなやかな『アリレート』を搭載した『キーショット』は高いコントロール性能と回転性能で人気を博しましたが、一方で、「『アリレート』は使いやすいが、もっと弾むラケットがほしい」というユーザーの要望も聞こえてきました。
そこで、硬い素材で高反発だが回転がかけにくい『カーボン』と、柔らかい素材で回転がかけやすい『アリレート』という相反する性質を持つ2種類の繊維を交織(異なる素材の繊維を1枚のシートに混ぜて織ること)することで、『アリレート カーボン』という特殊素材を開発したのです」
2種類の繊維の特長を「いいとこどり」しただけの単純な話に聞こえるかもしれないが、そこには人知れぬ苦労もあった。
「『カーボン』は工業製品やゴルフクラブ、テニスのラケットなど、他のスポーツ用品でも幅広く使われていますし、『アリレート』はロープやネットなどさまざまな用途に用いられ、ともに素材としては一般的なものです。しかし、繊維業界には異なる素材を組み合わせるというニーズが少なく、交織させた素材を作るには、莫大なコストと、大きなリスクがありました。しかし、当時の開発メンバーは『アリレート カーボン』の可能性を信じて、卓球のラケットに使うためだけの特殊素材の開発に踏み切りました。
この時のノウハウがのちのラケット開発にも生かされたので、そこで得た収穫は非常に大きなものでした」
こうして開発された『アリレート カーボン』を搭載したラケットの第1号が1993年に発売された『ビスカリア』である。
岩瀬祐介 株式会社タマス 研究開発チーム
入社以来、ラケットづくり一筋。世界卓球2003パリの男子シングルスでは、表彰台に上ったシュラガー、朱世赫、クレアンガ、孔令輝の4名が岩瀬が製作に深く携わったラケットを使用していたことに無上の喜びを感じたという。一方、「卓球をやめようと思っていたが、新発売の格好いいラケットで打ちたいがために卓球を続ける決心をした」という中学生の卓球レポート読者からのハガキも岩瀬の心を大きく揺り動かした。「選手に喜んでもらえるようなラケットをつくりたい」という思いは入社当初と変わらない。
すべてはここから始まった。『アリレート カーボン』を搭載した初のラケット『ビスカリア』
『アリレート カーボン』ラケット第1号の『ビスカリア』の性能は、ほどよく弾み、回転もよくかかるという当初の狙い通りのものになった。のちに数々のヒット商品を生み出してきた岩瀬もそのバランスのよさ、完成度の高さに驚きと敬意を隠さない。「機械測定(弾みや回転の性能を機器を用いて数値で測定すること)よりも試打に頼っていた時代に、よくこれだけのバランスの取れた高性能のラケットをつくることができたと本当に感服します。自社のことながら、先輩たちの計り知れない努力には頭が下がる思いです。性能面では『アリレート カーボン』を搭載したラケットよりも弾んで、回転がかかるものはありますが、プレー全体のバランスを考えたときに、『ビスカリア』の基本設計は、今でも多くのユーザーやトップ選手に支持されています」発売とほぼ同時にティモ・ボル(ドイツ)が使用し始めたこともあり、『ビスカリア』は一般ユーザーの間でも人気に火が付くことになる。そして、バタフライは『アリレート カーボン』搭載ラケットを次々に市場に投入していく。攻撃用シェークラケットでは、1997年にパワーがないジュニアや女子選手向きの3枚合板ラケットの『アイオライト』、1998年にはよりパワフルなボールを打ちたい選手のために檜材を使用した『コファレイト』、そして、2000年にはボル使用モデルの『ティモボル スピリット』が発売される。
この間にバタフライのラケット製造も大きな進化を遂げる。「私は『5グラムの壁』と呼んでいましたが、『ビスカリア』発売当時の技術ではラケットの重量管理が難しく、国内で需要の多い軽めのラケットを安定して供給することができませんでした。というのも、木は生き物なので、ロットによって重量も木目も、時には色などの見た目も一定ではないからです。そこで、ラケットの材料の一部である木材を重量によって選別することで、最終的な製品の重量をコントロールするという方法を取り入れました。また、材料業者さんとも深く連携して、仕入れの段階から材料の重量を絞り込むようにして、最終的に狙い通りの重量にコントロールできるようになったのです」と岩瀬は振り返る。もう1つ、特筆すべき変化として触れておかなければならないのが「機械測定」だ。機械測定の指標が限られていた時代から、大きな変化を実感している研究開発チームの早瀬満はこう語る。「バタフライではトップ選手であるアドバイザリースタッフに試作品を試打してもらい、その評価をラケットづくりにフィードバックしています。以前は、選手の感覚的な表現を、その選手のプレースタイルなどを参考に、ある程度こちらで想像して理解するしかありませんでした。複数の選手に試打してもらった場合、全員の評価が一致すれば問題ありませんが、その評価が異なるどころか、真逆になるようなこともしばしばありました。例えば、ボル選手は『ラケットAがラケットBよりも弾む』と評価して、水谷選手は『ラケットAはラケットBよりも弾まない』と評価するような場合です。そうした場合、私たちは『ボル選手にとっての弾みとはこういうことで、水谷選手にとっての弾みとはこういうことを意味するのだろう』と推測するしかありませんでした。しかし、機械測定がより精密にできるようになってからは、客観的な評価、つまり、共通のモノサシができたわけです。そのモノサシを基準に、『この選手のこういう評価は、このような意味を持つ』と判断できるようになりました。このように選手の感覚的な表現を数値化しやすくなったことで、『このような性能ラケットをつくりたい』と思ったときに狙った性能通りのラケットをつくることができるようになってきたのです」こうした改善の積み重ねで、『アリレート カーボン』を搭載したラケットは、世界中でますます受け入れられていった。
早瀬満 株式会社タマス 研究開発チーム
「ときには、選手の要望に応えられるようなラケットがなかなかできないこともあります。でも、時間がかかっても納得して使ってもらえるものができたときは、本当にうれしいですね」と早瀬。自身もなかなかの腕前ながら、選手の細かい感覚的な要望に的確に応えることは簡単ではないという。「自分がつくったラケットを渡した選手とは一緒に戦っているような感覚ですね。だから、勝ってくれたときは選手と同じくらいうれしいです」
プラボール時代に見直される『アリレート カーボン』の性能
もう1つ、『アリレート カーボン』が、今、再評価されている理由がある。それはプラスチックボールに対する適性だ。研究開発チームの上條正樹はこう分析する。「プラスチックボール導入後、弾みを抑えた用具を好む選手が増えてきているのは事実です。選手ごとのプレースタイルの変化もあると思いますが、前陣で速いプレーをする方が勝ちやすくなってきている。長らく『ZLカーボン』を使ってきた水谷選手が、『アリレート カーボン』に変更したのもそうした流れの一環かもしれません。また回転をかけやすいラケットの方が、『テナジー』シリーズの高い回転性能を引き出しやすいということも言えるでしょう。『テナジー』シリーズとの親和性の高さも『アリレート カーボン』ラケットの特長の1つです」さらに、自身もトップ選手の試打の相手を務める早瀬はこうつけ加える。「ここからはデータに基づいたものではなく私の個人的な意見ですが、ボールの素材が変わり、少しサイズも大きくなったことで(注:40ミリボールといってもすべて厳密に40.00mmに製造することは現実的に困難なため、大きさの許容範囲が設定されている。セルロイドボールの大きさの下限は39.60mmだったのに対し、プラスチックボールの下限は40.00mm。下限が引き上げられたことで、若干大きくなったといえる)、競技から回転の要素が少し減ったと感じます。試打でたまにセルロイドボールを打つことがありますが、プラスチックボールに慣れた今は、セルロイドは回転がかけやすい、また、相手の回転の影響を受けやすいと実感します。例えば、相手のドライブをブロックするときなどに、プラスチックボールの感覚でボールを受けると、ボールが上の方に飛んで行ってしまうのです。もちろん、カウンターはブロックよりもさらに難しい。言い換えると、セルロイドボールに比べてプラスチックボールの場合は、ブロックもカウンターもやりやすい。台上プレーや前陣でカウンターが決まればそれでどんどん先手が取れる。まさに張本選手のようなプレーですね。そうした傾向を踏まえて、前陣で回転がかけやすく、コントロールもしやすい『アリレート カーボン』を搭載した『ティモボル ALC』や『張継科 ALC』のようなオーソドックスなタイプのラケットが、今また注目されているのかもしれません。女子やジュニアの選手にインナーファイバー仕様ラケットのユーザーが増えているのも同様の理由からだと思います」
プラスチックボールが導入されてから満足できる用具に出合っていないという選手は、『アリレート カーボン』搭載ラケットを試してみない手はないだろう。
上條正樹 株式会社タマス 研究開発チーム
卓球未経験でタマスに入社した上條は、トップ選手の用具に対する要望の細かさに驚いたという。「機械でも測定できないような繊細な感覚をラケットづくりに反映しなければならないこの仕事は本当に難しいと思います。でも、今はそこにやりがいを感じています」。2016年発売の、『インナーフォース レイヤー ALC.S』は上條も開発に携わった自信作だ
『アリレート カーボン』の向こうにバタフライが目指すもの
もちろん、『アリレート カーボン』がバタフライの目指すゴールではない。バタフライのラケットづくりのこれからを岩瀬はこう語る。「新製品も市場に出た瞬間に過去のものになるので、私たちは常に新たな目標を持って前進し続けたいと思っています。これまでバタフライでは、ラバーはラバー、ラケットはラケット、とおのおのが最高のものをつくろうと開発に取り組んできました。それはそれで成果を出してきましたが、今後は、ラバーがラケットの、ラケットがラバーの性能をより引き出せるような商品を開発できたらと考えています。皆さんの期待を超えるような用具をお届けできるように頑張っていますので、楽しみにしていてください」次なるイノベーションは必ず近い将来やってくるだろう。その革新性を十分に味わうためにも、世紀をまたぐ定番商品となった『アリレート カーボン』搭載のラケットを試してみるのは「今」なのかもしれない。株式会社タマス研究開発チームのお勧めラケット&ラバー
初中級者テッパン!
ラケット インナーフォース レイヤー ALC.S
フォア面 ロゼナ
バック面 ロゼナ
ブレード厚が薄く、コントロール性能が高いインナーファイバー仕様の『インナーフォース レイヤー ALC.S』に、高いトレランスで攻守に安定性を発揮する『ロゼナ』を両面に貼った組み合わせ。前陣で回転量が多いドライブを中心にプレーする選手に適している。「初中級者には鉄板ですね。レベルアップに応じて弾むラケットや『テナジー』シリーズと移行もしやすいのもお勧めできるポイントです(上條)」
パワーヒッター&表ラバーに
ラケット ガレイディア ALC
フォア面 スピンアート
バック面 インパーシャルXS
厚板で弾む『ガレイディア ALC』にフォア面『スピンアート』、バック面『インパーシャルXS』という異質攻撃型選手用の組み合わせ。フォアハンドで威力のあるドライブ、バックハンドでミート打ちと両ハンドで攻めるタイプにお勧め。「粘着ラバーでガツンと回転をかけて飛ばしたいパワーヒッター向けの組み合わせです。バック面に裏ラバーを貼りたい人はスポンジ硬度の軟らかいテナジーFXシリーズがお勧めです(早瀬)」
何でもできる定番中の定番
ラケット ティモボル ALC
フォア面 テナジー05
バック面 テナジー05
『ティモボル ALC』に両面『テナジー05』は長年このモデルを愛用しているボルとまったく同じ組み合わせ。中級者以上のシェーク攻撃型選手の用具としては定番中の定番。弾み、回転、コントロールとどれをとっても高い性能を発揮するバランスタイプだ。「台上プレーもやりやすく、下がっても力負けしない、どんなプレーも80点以上はできるオールラウンドな組み合わせ。僕も使っています(早瀬)」
アリレート カーボンは、アリレートとカーボンファイバーを交織した特殊素材。アリレート カーボンを搭載したラケットは、しなやかで使いやすく、打球にスピードが出る。
林鐘勳(KOR)
松山祐季(JPN)
町飛鳥(JPN)
吉山和希(JPN)
岩井田駿斗(JPN)
鈴木李茄 (JPN)
従来の特注素材ラケットは表面の板(上板)の隣に特殊素材を配置していた。それに対して、中央の板(中板)を挟むように特殊素材を配置する設計を"インナーファイバー"という。特殊素材の性能を引き出しつつ、純木材ラケットのようなボールをつかむ打球感を実現した。
アリレート カーボンは、アリレートとカーボンファイバーを交織した特殊素材。アリレート カーボンを搭載したラケットは、しなやかで使いやすく、打球にスピードが出る。
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